溶連菌感染症は、ほとんどの場合、抗生物質で適切に治療すれば、後遺症なく治癒する病気です。しかし、ごく稀に、その経過が急激で、極めて重篤な状態に陥ることがあります。その最たるものが「劇症型A群レンサ球菌感染症」、特に皮膚や皮下組織に病変が及ぶ「壊死性筋膜炎(えしせいきんまくえん)」です。メディアなどで「人食いバクテリア」として報道されることがあるのが、この病気です。壊死性筋膜炎は、溶連菌が皮膚の小さな傷や打撲部位などから、皮膚の深い層、皮下脂肪組織、さらには筋肉を包む「筋膜」にまで侵入し、そこで爆発的に増殖することで発症します。菌が産生する強力な毒素や酵素によって、組織が急速に破壊され、壊死(えし)してしまうのです。初期症状は、感染した部位(多くは手足)の急激で非常に強い痛み、赤み、そしてパンパンに硬くなる腫れです。見た目はただの蜂窩織炎(ほうかしきえん)と似ているかもしれませんが、その痛みの強さは、外見上の変化とは不釣り合いなほど激烈であるのが特徴です。その後、病状は数時間から数十時間という驚異的なスピードで進行します。皮膚の色は赤から暗い紫色、さらには黒色へと変化し、水ぶくれ(血疱)ができることもあります。同時に、菌が血流に乗って全身に回り、高熱、悪寒、血圧低下、意識障害といった敗血症性ショック症状を引き起こします。この状態に陥ると、多臓器不全を併発し、致死率は30%以上とも言われるほど、極めて危険な状態となります。この病気を救命するためには、一刻も早い診断と治療が不可欠です。治療の基本は、緊急手術による「デブリードマン」です。これは、壊死してしまった組織を、健康な組織の境界がはっきりするまで、徹底的に、そして繰り返し切除する外科的処置です。これと並行して、ペニシリンなどの抗生物質の大量点滴投与や、ショック状態に対する集中治療が行われます。壊死性筋膜炎は、通常の溶連菌感染症とは全く異なる、救急疾患です。手足に急激な激痛と腫れが生じた場合は、絶対に様子を見ず、直ちに救命救急センターなどの高度医療機関を受診する必要があります。